一年を振り返る

1.実父が逝去した

「大過なく過ごせた」と、平凡ではあるが幸せな一年となるはずだったが、年末12月11日未明に実父が亡くなった。数日前に中学入試の大イベントを終え、いよいよ今日が判定会議の勝負の日だという朝方に、妹から知らせが入った。よく見たら前夜遅くにも母から留守電が入っていた。長らく入院して、介護を受けていたし、これまでにも数回危ない時はあったから、来るべき時が来たと冷静に受け止めた。そもそもある事情があって、父とはもう20数年前に絶縁したきり一度も会ったことがなかったので、それは「他人事」のようでもあった。とりあえず入試の仕事に段取りを付け、実家を訪れたのは翌日の夜だった。そこから葬送の儀や各種手続などが順を追って目まぐるしく進む中、剣道の恩師の葬儀も重なり、平静を取りもどしたのは、忌引をもらった翌週末の22日であった。

2.余裕を持って楽しく仕事ができた

同じ仕事の3年目ともなると、もう早い時期に準備して、余裕を持って仕事ができる。余裕があるから、細かいことにもこだわれるし、そのこだわりを楽しむこともできるようになった。入試の仕事というのは、基本的に同じ仕事のルーティンなので、効率化と質の充実くらいしか創意工夫の余地はない。あとはミスのない確実な段取りを付けて実行するだけである。そうかといって退屈さは感じない。「翌年の入学生(候補者)を選考する」という仕事は、それだけに留まらない学校全体に対する影響力があるからだ。来年度はどうなるかわからないが、定年近くになってこんなに仕事が楽しめていることは、非常に有り難いことだと感謝している。

3.飲み会が戻ってきた

コロナの影響が薄れ、様々な夜の会合が再開されるようになった。学校の新年会や忘年会、高校や大学の剣道部OB会、教え子たちとの飲み会、同僚との食事会などなど。美味い肴をアテに美酒に酔いしれ、楽しい話で腹の底から笑う。何て素敵な人生だろうと思う。ほんとうに感謝しかない。

飲み会の最後は、決まってバーエリアに行く。ひとりで静かに酒と向き合う。長く生きるといろいろな経験が思い出されるが、常に現在の自分と照らし合わせる。「おれ、よく育ったなあ」と確認する。もちろんこの歳だから「衰えてきたなあ」というのもある。そうしてこの先どうなるかを想像する。それは目の前にある上質なウイスキーが、何年もの時を経て熟成されてきたことと同じだ。醸造された時点ではただのアルコールに過ぎず、どんなウイスキーになるかはわからない。樽の中で10年も20年も熟成され、熟練のブレンダーによって絶妙に調合され製品となる。過去に想像した自分と現在の自分と、その違いをいつも確認していたいと思う。一致しているかどうかは問題ではない。要はよき方向に変化しているかどうかなのだ。

4.大過なき幸福な生活

実父の逝去を除けば、ほんとうに平凡な日々だったが、何の不自由も不満もないよき一年であった。家族3人それぞれ別室に籠もり、ときどきリビングルームを共有するというシェアハウス的というか合宿所的というか、そういう生活形態が我が家には合っているということなのだろう。

私は相変わらずの教員生活を続けている。血圧が高く尿酸値も限界値だが、時々足の親指の付け根がズキズキしたり、膝が痛むこと以外は、薬のおかげで大病することもなく生きている。

妻はいよいよ中年になったことを受け容れざるをえないでいる。美容に精を出したり、整体やマッサージに頻繁に通うようになったが、四十肩と同じように、どんなに抵抗して治そうとしても決して効果は現れず、時が解決するものだ。そうとは知りながら抵抗してしまうのは、まだ活力があるということか。息子の部活動の「おっかけ」をしていることも、大きな充実感の一つとなっている(のかもしれない)。

息子は高校2年生になった。勉強は充実していないが、それなりに前向きにはなっている。部活動はかなり充実しているし、生きがいにもなっているようだ。いろいろな経験ができて、ほんとうにやっていてよかった。いよいよ受験の年を迎えるが、この子がどんな選択をして、どれだけ前向きに進んでいけるかを見届けたいと思う。

5.来年に向けて

(1)毎日なんて平凡でいいじゃないか。でも、つまらないことにこだわってみるか。
(2)体力や足腰の衰えにどう対処するか。まず、楽しく運動する時間を確保したい。
(3)息子の大学進学費用を準備しよう。地道にこつこつ積み立てて運用する。
(4)やりたいことは後回しにしない。チャレンジしてみよう。
(5)人と会うことを大切にしよう。一期一会の精神で。

歳を取ると欲望が衰えて、具体的なことが出てこないが、直感的に「行ける!」と思ったことには、躊躇なく挑戦したいと思う。